福岡地方裁判所 昭和46年(行ウ)39号 判決 1988年3月15日
原告
渡辺四郎
(ほか二一〇名)
右二一一名訴訟代理人弁護士
谷川宮太郎
同
吉田雄策
同
石井将
同
武子暠文
同
福井泰郎
同
高橋政雄
同
鈴木紀雄
同
鎌形寛之
同
藤原修身
同
生井重男
被告
福岡県知事 奥田八二
右訴訟代理人弁護士
水崎嘉人
同
真鍋秀海
同
堀家嘉郎
右指定代理人
森脇勝
同
宿理八郎
主文
一 被告が、昭和四六年九月二三日付をもつてなした、原告近藤詔幸及び原告諫山一衛に対する各戒告の懲戒処分を取り消す。
二 その余の原告らの請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告近藤詔幸及び原告諫山一衛と被告との間においては、被告の負担とし、その余の原告らと被告との間においては、右原告らの負担とする。
理由
五 原告らの法律上の主張に対する判断
(一) 地公法三七条一項及び地公労法一一条一項の法令違憲の主張について
非現業地方公務員の争議行為を一律全面的に禁止した地公法三七条一項が憲法二八条に違反しないことは、いわゆる岩教組事件についての最高裁判所昭和五一年五月二一日大法廷判決(刑集三〇巻五号一一七八頁)が判示したところであり、当裁判所も右判断を相当と思料する。
そして、非現業国家公務員の争議行為を一律全面的に禁止した国家公務員法(昭和四〇年法律第六九号による改正前のもの)九八条五項が合憲であることを判示したいわゆる全農林事件についての最高裁判所昭和四八年四月二五日大法廷判決(刑集二七巻四号五四七頁)、右岩教組事件判決及び現業国家公務員の争議行為を一律全面的に禁止した公共企業体等労働関係法一七条一項が合憲であることを判示したいわゆる名古屋中郵事件についての同裁判所昭和五二年五月四日大法廷判決(刑集三一巻三号一八二頁)の趣旨に照らし、地方公営企業に勤務する一般職に属する地方公務員及び単純な労務に従事する一般職に属する地方公務員につき争議行為を一律全面的に禁止した地公労法一一条一項は、地公法三七条一項と同様に憲法二八条に違反しないものと解するのが相当である。
すなわち、地方公営企業に勤務する一般職に属する地方公務員及び単純な労務に従事する一般職に属する地方公務員(以下両者を合わせて単に「職員」という。)も憲法二八条所定の勤労者にあたるが、職員は、地方公務員であるから、身分取扱い及び職務の性質・内容等において非現業の地方公務員と多少異なる点があつても、全体の奉仕者として地方の住民全体に対し労務提供の義務を負い、公共の利益のため勤務するものである点において両者間に基本的な相違はなく、職員が争議行為に及ぶことは、その地位の特殊性及び職務の公共性と相容れないばかりでなく、多かれ少なかれ公務の停廃をもたらし、その停廃が住民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか又はそのおそれがあることは、他の非現業の地方公務員、国家公務員及びいわゆる公共企業体等の職員の場合と異なるところがない。そして、職員は、非現業の地方公務員と同様に議会制民主主義に基づく財政民主主義の原則により給与その他の勤務条件が法律ないし地方議会の定める条例、予算で決定される特殊な地位にあり、職員に団体交渉権、労働協約締結権を保障する地公労法も条例、予算その他地方議会による制約を認めている(地方公営企業法三八条四項、地公労法八条ないし一〇条等)。また、職員の職務内容は、利潤追求を本来の目的としておらず、その争議行為に対しては、私企業におけるのと異なり使用者側からの対抗手段を欠き(地公労法一一条二項)、経営悪化といつた面からの制約がないだけでなく、いわゆる市場の抑制力も働く余地がないため、職員の争議行為は、適正に勤務条件を決定する機能を果たすことができず、かえつて議会において民主的に行われるべき勤務条件決定に対し不当な圧力となり、その手続過程をゆがめるおそれもある。したがつて、職員の争議行為が、これら職員の地位の特殊性と住民ないし国民全体の共同利益の保障の見地から、法律により私企業におけるそれと異なる制約に服すべきものとされるのもやむをえないといわねばならない。さらに、現行法制をみるに、職員は、地方公務員として法律上その身分の保障を受け、給与については、生計費、同一又は類似の職種の国及び地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者の給与その他の事情を考慮して条例で定めなければならない(地方公営企業法三八条三項、四項)とされており、特に地公労法は、当局と職員との間の紛争につき、労働委員会によるあつ旋、調停、仲裁の制度を設け、その一六条一項本文において、「仲裁裁定に対しては、当事者は、双方とも最終的決定としてこれに服従しなければならず、また、地方公共団体の長は、当該仲裁裁定が実施されるように、できる限り努力しなければならない。」と定め、更に、同項但書は、当局の予算上又は資金上、不可能な資金の支出を内容とする仲裁裁定については、一〇条を準用して、これを地方公共団体の議会に付議して、議会の最終決定に委ねることにしている。これらは、職員ないし組合に労働協約締結権を含む団体交渉権を認めながら、争議権を否定する場合の代償措置として、適正に整備されたものということができ、職員の生存権擁護のための配慮に欠けるところはないというべきである。
したがつて、地公労法一一条一項は、職員に対し争議行為を一律全面的に禁止しているけれども、憲法二八条に違反しないものと解される。
よつて、原告らの右主張は採用することができない。
(二) 地公法三七条一項及び地公労法一一条一項の適用違憲の主張について
原告らは、本件各争議行為当時、人事院勧告(地方公務員の給与に関する人事委員会の勧告も、これに準じてなされる。)制度が、公務員の労働基本権の制限に伴う代償措置としての機能を喪失していたとして、人事院勧告の完全実施等を要求し、かつ、相当と認められる範囲内でなされた本件各争議行為に地公法三七条一項及び地公労法一一条一項を適用することは、憲法二八条に違反する旨主張する。
しかしながら、公務員の労働基本権に対する制限の代償として設けられた諸制度は、憲法二八条に内在する生存権擁護の理念に基づくものであり、かつ、それは、人事院勧告制度のみに限られるわけではないところ、しかも、本件各争議行為がなされた前年からの人事院勧告の実施状況は、昭和四二年は勧告による実施時期を三カ月、昭和四三年はこれを二カ月、昭和四四年にはこれを一カ月それぞれ遅らせたに止まり、昭和四五年、昭和四六年においては完全に実施されたことは原告らも自認するところであつて、こうした状況に照らすと、当時、代償措置として設けられた諸制度がその機能を欠き、憲法二八条に内在する生存権擁護の理念が損なわれるような事態に立ち至つていたとは、到底認められない。
したがつて、原告らの主張は前提を欠き、採用することができない。
(三) 懲戒権の濫用の主張について
1 地方公務員に懲戒事由がある場合に、懲戒権者が当該公務員を懲戒処分に付すべきかどうか、また、懲戒処分をするときにいかなる懲戒処分を選択すべきかを決するについては公正でなければならない(地公法二七条)ことはもちろんであるが、懲戒権者は懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分に付すべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定できるのであつて、それらは懲戒権者の裁量に任されているものと解される。したがつて、右の裁量は恣意にわたることをえないことは当然であるが、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして違法とならないものというべきである。したがつて、裁判所が右の処分の適否を審査するにあたつては、懲戒権者と同一の立場に立つて懲戒処分をすべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである(最高裁判所昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一一〇一頁参照)。
そこで、以下、原告らの主張に基づき、本件各処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したものといえるか否かについて考える。
2 昭和四六年七月一五日の争議行為について、単純参加者二〇名に対し戒告処分をなしたことが裁量権の濫用にあたるとする主張について
(1)~(3)[略]
(4) 原告近藤詔幸及び原告諫山一衛に対する各戒告の懲戒処分を取り消した理由
前記1で述べたとおり、懲戒事由がある公務員に対し懲戒処分を行うかどうかの判断は、懲戒事由に該当すると認められる行為の性質、態様等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等広範な事情を総合してなされるものであり、このことは、本件のように多数の単純参加者の中から戒告の被処分者を選定する際の判断においても変わりはないから、このような諸事情の一部について事実誤認があつたとしても、このことのみをもつて、直ちに右選定につき裁量権の濫用があつたものということはできない。しかし、誤認に係る事実が、懲戒権者の右選定の判断にあたつての決定的な考慮要素となつているような場合には、その結果なされた当該処分は、懲戒処分を受けなかつた他の多数の単純参加者に比して著しく均衡を失するものとして、社会観念上著しく妥当を欠くといわなければならない。
これを本件についてみると、本件のような大規模な争議行為において、多数の単純参加者の中から戒告の被処分者を選定するにあたつては、一般的に、争議行為の際の行為の態様から窺われる当該公務員の争議行為への関与の度合が、かなり重視されるものと考えられるところ、現に、被告は、前記各原告二〇名に対し戒告処分をなした根拠として、他の単純参加者に比べて、本件争議行為にある程度積極的に関与しているとみられる一定の行為に出たことをあげており、この行為態様は、いずれも、各部署の管理職が作成した県当局宛の報告書〔証拠略〕に記載されていること、飯塚保健所の職員の中で本件争議行為に関連して懲戒処分を受けたのは、〔証拠略〕の報告書に記載された原告渡辺福重、原告近藤詔幸及び原告諫山一衛の三名のみである上、被告は、原告近藤詔幸及び原告諫山一衛に対し戒告処分をなした根拠として、原告渡辺福重と同様の行為態様、すなわち、前記の誤認に係る事実を主張し、他に特段の主張立証はないことが、明らかであつて、以上によれば、被告は、前記各報告書に一定の行為態様が記載されているか否かを基本的な処分基準として、前記各原告二〇名を選定したものと推認され、したがつて、原告近藤詔幸及び原告諫山一衛を選定するにあたつては、前記の誤認に係る事実がその判断の決定的要素となつたものと認めることができる。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
してみれば、右原告両名に対する各戒告の懲戒処分は、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の濫用による違法のものとして、取消しを免れない。
3 原告近藤詔幸及び原告諫山一衛を除くその余の原告らのその他の主張について
右2で検討した点のほかにも、原告近藤詔幸及び原告諫山一衛を除くその余の原告らは、右原告らに対する各懲戒処分に裁量権の濫用がある根拠として、本件各争議行為が人事院勧告の完全実施等を要求してなされた正当なものであること等、種々主張しているけれども、前記1の観点に即して考えると、右原告らは、前記二ないし四の各(二)で認定したとおりの違法行為をしたものであつて、本件各争議行為の目的、右原告らの組合役職及び右原告らの本件各行為の性質、態様及び情状に照らすと、右原告らに対する本件各処分が社会観念上著しく妥当を欠くものとは思われないし、他にこれを認めるに足りる事情も見当らないから、右原告らに対する本件各処分が懲戒権者に任された裁量権の範囲を超え、これを濫用したものと判断することはできない。
六 結論
よつて、被告が、昭和四六年九月二三日付をもつてなした、原告近藤詔幸及び原告諫山一衛に対する各戒告の懲戒処分の取消しを求める右原告両名の本訴各請求はいずれも理由があるから認容し、その余の原告らの本訴各請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤浦照生 裁判官 倉吉敬 鹿野伸二)